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東京都渋谷区の歴史
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所在地 渋谷区代々木4-25-10  (刀剣博物館)

  赤羽刀記念碑

  赤羽刀処理の終結
 記念碑に示された未処理の赤羽刀4576本については、旧所有者に7本が正式返還され、国が直接に公開・活用をはかるための60本及び似銘や美術刀剣類として再生不可能なものなどは総て国が保管し、残る3209本については全国の都道府県教育委員会を通じて申請のあった191の公立の博物館・美術館等に譲与して公開・活用に供されることとなった。そして接収刀剣類処理検討会議専門部会によって当該刀匠の故郷に譲与することを主とする厳正且つ公平な配分案が作成され、文化庁により平成11年(1999)12月21日を以て引渡しが完了し、我が国が世界に誇る国民的文化遺産である数奇な運命を辿った赤羽刀が戦後50有余年を経て、見事甦りその処理を終えるに至った。
 平成12年(2000)3月1日 財団法人日本美術刀剣保存協会

            DEDICATION
 After the end of the World War Ⅱ,Japanese swards of a considerable number were confiscated as dangerous weapons by the order of the Occupation Forcs of Allied Powers. The policy was later amended at the repeated petition of Japanese sword lobers and auathorities,but the situation was little improved,since examining of art swords was still carried on by the Occupation Forces. Colonel C.V. Cadwell,who was in charge of the 8th Army Provost Marshal,was most concerned with the loss of the swords of artisitec and historic value,and at his recommendation,there was organized the official Japanese Sword Appraisal Committee,through the activities of which most of the masterpieses of Japanese swords came to be duly protected.
 The name of Colonel C.V. Cadwell should forever be remembered as the sabiour of Japanese art swords.
 Junji Honma  October,1973



    赤羽刀始末記
 「赤羽刀」の由来は大東亜戦争の終結により占領軍によって接収された刀剣類の内、海中投棄や焼却・寸断処理等をのがれて残されたものが当時赤羽の米第8軍兵器補給廠(旧陸軍倉庫)に集められたことからの通称となった。昭和22年(1947)に内務大臣より20名の審査員が任命され、現物審査にあたられたが山積された状態で惨憺たる有様であった刀剣を長期にわたり選別作業され所有者が判明した908本は昭和23年(1948)から返却され、残された4576振りが本■に■められ東京国立博物館地価倉庫に搬入保管されてきた。~
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